東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2216号 判決 1973年10月30日
控訴人 三善清胤
控訴人 三善晃
右訴訟代理人弁護士 鹿野琢見
同 勝本正晃
同 佐伯幸男
被控訴人 外山一平
右訴訟代理人弁護士 桜井英司
主文
原判決を取消す。
被控訴人の各請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
一、被控訴代理人は本訴請求の原因および控訴人らの主張に対する答弁として、次のとおり述べた。
(一)被控訴人は昭和三〇年三月中控訴人三善清胤に対し金一〇〇万円を期間は一応二カ月、利息月六分前払とし、期限が到来しても支払わないときは損害金の意味も含めて月六分の金員を支払えば元本の返済期を猶予する約にて貸与し、同控訴人はその子である控訴人三善晃を代理して被控訴人に対し、控訴人晃において右貸借に基く控訴人清胤の債務を保証する旨約した。
(二)右消費貸借にあたり、控訴人清胤は、自己および控訴人晃の代理人として控訴人らにおいて前記債務を支払わないときは、控訴人清胤所有の原判決添附の別紙目録記載の宅地および控訴人晃所有の同目録記載(イ)ないし(ニ)の各建物を前記債務の支払にかえて被控訴人に代物弁済として提供する(停止条件附代物弁済契約)ことを約し、右土地建物の各権利証と印鑑証明書、白紙委任状および印鑑証明交付申請書、印鑑証明用紙にそれぞれ控訴人らの押印したもの各一通宛を被控訴人に交付した。
(三)その後弁済期を昭和三〇年一〇月一五日と改める約定がなされたが、右弁済期を経過するも控訴人らにおいて右債務の弁済をしなかったので、前記停止条件附代物弁済契約に基き、同年一〇月一五日条件の成就によりその債務の支払にかえて、本件土地建物の所有権はいずれも被控訴人に移転した。
(四)よって、被控訴人は本件土地建物の所有権に基き、控訴人らに対しそれぞれその所有名義を被控訴人に対し移転すべきことを求める。
(五)控訴人ら主張の後記抗弁事実はすべて争う。控訴人ら主張のテレビ二台は被控訴人に贈与されたものであり、訴外竹花光夫は被控訴人の代理人ではない。
本件土地は昭和二九年六月大蔵省から控訴人清胤に金四三万円余で払下げられたもので、当時本件土地建物の価額は前記貸金額と殆んどひとしかったものであり、昭和三〇年一一月ごろは金二四一万円であって債権額の約三倍の価値ある物件を取得することにはなるが、その程度では未だ公序良俗には違反するものではない。また本件土地建物を代物弁済に供することは控訴人清胤から申出たもので、被控訴人から要求したものではない。
二、控訴代理人は答弁および抗弁として次のとおり述べた。
(一)被控訴人主張の請求原因事実中、本件土地が控訴人清胤の、本件建物が同控訴人の子である控訴人晃の各所有であることおよび控訴人清胤が被控訴人から昭和三〇年三月中金一〇〇万円を利息月六分(但し二カ月分の利息金一二万円を天引されて受領したのは金八八万円であり、弁済期は同年五月一九日とするが利息を支払えば延期を認める約定であった)の約で借りうけたことは認めるがその余の事実は争う。
被控訴人主張の権利証などの書類は右貸借を仲介した訴外竹花光夫に預けたものであって、被控訴人に交付したものではない。また控訴人晃は同清胤に対し被控訴人主張の保証等につき代理権を与え且つ本件建物の管理処分を委せた事実はない。
(二)抗弁として、
(1)かりに、控訴人清胤が被控訴人に対し本件土地の権利証、印鑑証明書、白紙委任状等を交付したことが停止条件附代物弁済契約またはその予約に該るとしても、それは、担保の形式としてなされたものであり、債務者が弁済期に弁済しないときは債権者において目的物を換価処分し、これによって得た金員から債権の優先弁済を受け、もし換価金額が元金を超えれば、その超過分はこれを債務者に返還する趣旨のものであると解すべきである。すなわちこの場合は特定物件の所有権を移転することによって既存債務を消滅せしめる本来の代物弁済とは全く性質を異にするものであるから、停止条件の成就ないし予約完結後であっても、換価処分前に債務者がその債務を完済すれば債権者の有する担保権は消滅するものと解すべきである。ところで、控訴人清胤は被控訴人に対し末尾添付別表(一)番号1ないし6の支払期日欄記載の日に同支払金額欄記載の各金員を利息として支払い(但し番号1は天引)昭和三〇年一〇月一四日ロイヤルテレビ一七吋一台(取付料共代金一三万二〇〇〇円、(同表番号7)同年一一月五日同テレビ一四吋一台(取付料共代金一〇万二五〇〇円(同表番号8)を代物弁済として提供し、さらに、昭和三一年六月二九日被控訴人の代理人竹花光夫との間に、訴外三善敏江が昭和二八年一二月一二日右竹花に貸付けた金一五万円の債権を右敏江から控訴人清胤が譲り受けて、右金員を被控訴人に対する本件債務に充当することを約し、かつ同三一年六月二九日控訴人清胤は金二〇万円を被控訴人の代理人竹花に交付し、その際竹花は被控訴人の控訴人清胤に対するその余の債務を免除した。以上のとおり控訴人清胤の被控訴人に対する債務は弁済ならびに免除によって消滅したのであるから、本件土地についての代物弁済予約もその効力を失ったものである。
(2)かりに、右主張が認められないとしても、本件消費貸借契約における一カ月六分の割合による約定利息は利息制限法所定の制限を超えるものであるから、その超過部分の支払および天引分は元本に充当せらるべきものである。したがって前記控訴人清胤が利息として支払った金員を法定の制限の範囲に引き直しその超過部分を残存元本に充当し、かつ代物弁済として提供したテレビ二台の代金を加算して計算すると別表(二)記載のとおり被控訴人が停止条件附代物弁済契約の条件が成就したと主張する昭和三〇年一一月五日当時の残債務額は金四三万八四三二円となり、昭和四〇年六月二九日現在においては金九五万九〇七六円となる。ところで控訴人清胤は本件の和解期日である昭和三七年一二月二五日裁判所の面前において被控訴人に対し前記残債務額を上廻る現金一二〇万円を弁済のため現実に提供したところ、被控訴人はその受領を拒絶したので、同控訴人は昭和四〇年七月一五日前記債務額金九五万九〇七六円を弁済のため供託した(右供託は昭和四〇年一一月一七日形式を訂正して供託し直した)。したがって控訴人清胤は右供託によって控訴人に対する債務を免れたものである。
(3)かりに、以上の主張がすべて理由がないとしても、上述のとおり控訴人清胤の被控訴人に対する残存債務は僅少となり、かゝる残債権に代えて高額の本件物件を代物弁済で取得するごときことは暴利行為も甚しく公序良俗に反し許されないものというべきである。
三、証拠<省略>。
理由
(一)<証拠>をあわせると、被控訴人は、当時西日本相互銀行の預金係で貸付関係事務にも携わっていた訴外竹花光夫の仲介で、昭和三〇年三月二二日控訴人清胤に対し金一〇〇万円を、利息は月六分、二カ月分の利息金一二万円を天引し、弁済期は一応二カ月後とするが、その後は右控訴人において右率による金員を支払えば元金弁済の延期を認めるという約旨で現金八八万円を交付し、その際控訴人清胤は自己所有の本件土地と控訴人晃所有の本件建物についての各権利証、白紙委任状、印鑑証明書などを被控訴人に交付したこと(以上の事実は概ね当事者間に争いがない)当時被控訴人は金融会社の社長であり控訴人清胤は太陽セメントと称する会社を経営する傍ら金融業を営んでいたことなどの事実が認められ、前顕各証拠中以上認定に反する部分は採用できない。
被控訴人は、控訴人晃は同清胤を代理人として右清胤の債務を保証し、その担保の趣旨で晃所有の本件各建物の権利証、印鑑証明書、白紙委任状等を被控訴人に交付したと主張するが、右事実を認めうる証拠がない、かえって当審での控訴人晃本人の供述によると、控訴人晃は同清胤に対し被控訴人主張のような代理権を与えた事実のないことはもちろん本件各建物の管理処分を控訴人清胤に委せたことのないことが認められる(甲第九、同一〇号証は真正に成立したことが認められないから、被控訴人の主張事実を認める証拠とはし難い)から被控訴人の右主張は理由がない。
被控訴人は、控訴人清胤は被控訴人に対し、上記認定の債務を弁済期に支払わなかったときは、その所有の本件土地を代物弁済として提供する旨の停止条件附代物弁済契約を締結し、右条件の成就により被控訴人が本件土地の所有権を取得したと主張するので判断する。
控訴人清胤が被控訴人に対し本件土地の権利証、印鑑証明書、白紙委任状等を交付したことは前記認定のとおりであるが、その際被控訴人主張のような条件の成就により当然に本件土地の所有権が被控訴人に移転する趣旨の停止条件附代物弁済契約を締結した事実を認めうる証拠はない(甲第八号証は控訴人清胤の署名印影の成立は争いがないが、原審証人渡辺平の証言によればその本文は同第一〇号証とともに、被控訴人の依頼により訴外渡辺平が記載したに過ぎないことが認められるから右甲第八号証、同一〇号証は被控訴人の主張を証する資料とはし難い)。
しかし、控訴人清胤が被控訴人に対し本件債務を担保する目的で本件土地の所有権移転登記手続に必要な本件土地の権利証、白紙委任状等を交付したことおよび本件債務については期限を一応二カ月、利息を月六分前払いとし、右期限到来後も損害金の意味も含めて月六分の金員を支払えば元本の返済期を猶予する旨約定されたことは前記認定のとおりであるから、他に特段の事由の認められない本件では被控訴人と控訴人清胤間になされた担保契約は、控訴人清胤が弁済期にその債務を弁済しなかったときは被控訴人において本件土地を換価処分し、これによって得た金員から債権の優先弁済を受け、もし換価金が元利金を超えるときは、その超過分を同控訴人に返還する趣旨の代物弁済予約であると解するを相当とする。
(二)よって控訴人清胤の抗弁について順次判断する。
(い)抗弁事実(1)について。
前顕証人竹花光夫の証言と控訴人清胤の供述および弁論の全趣旨によれば、控訴人清胤は被控訴人に対し利息として別表(一)支払年月日欄1ないし6記載の日時に同支払金額欄記載の金額を各支払ったことおよびその主張の日にテレビ二台を代物弁済として提供した事実はこれを認めることができる。
しかし訴外竹花光夫が被控訴人の代理人として同控訴人主張の金員を受領し、被控訴人の同控訴人に対する残債務を免除したとの被控訴人主張事実を認めるに足る証拠はなにもないから抗弁(1)はその理由がない。
(ろ)抗弁事実(2)について。
本件消費貸借契約においては利息月六分と約定され、名目元本一〇〇万円に対する一カ月六分の割合による二カ月分の利息を天引した金八八万円が授受されたことおよび控訴人清胤が被控訴人に対し末尾添付別表(一)の番号1ないし8の支払期日欄記載の日に各支払金額欄記載金員を利息として(但し7、8は代物弁済としてその金額に相当するロイヤルテレビ二台を提供したものであるが、特段の意思表示がなされた事実の認められない本件では利息に充当すべきものである)支払ったことは既に判示したとおりである。
そこで、利息制限法の定めるところにより右天引額および同法の制限の範囲を超える支払額を元本に充当すると別表(一)超過額欄記載の金額が順次残存元本に組入れられ昭和三〇年一一月五日当時の残元金は金四五万一、〇〇〇円となるところ、これと昭和三七年一二月二五日までの、これに対する年一割八分の割合による損害金を算出合算すると当時の残債務は金一〇二万六、〇二五円となることが算数上明らかである。
控訴人清胤が本件の和解期日である昭和三七年一二月二五日被控訴人に対し本件債務の弁済として当日現在における右残元利金を超える一二〇万円を現実に提供したところ、被控訴人がその受領を拒絶したことは被控訴人の明らかに争わない事実であり、控訴人清胤が昭和四〇年一一月一七日金九五万九〇七六円を弁済供託したことは当事者間に争いがない。そうすると控訴人清胤は右弁済の提供により爾後遅滞の責は免れるにしても、供託した金額は前示提供時の残元利金一〇二万六、〇二五円に満たないのであるから、右弁済供託により本件債務が完済され、被控訴人の有する担保権は消滅したとする同控訴人の抗弁は採用することができない。
(は)そこで本件所有権移転登記手続を求める請求が公序良俗に反し許されないとの抗弁について判断する。
本件担保契約の趣旨が代物弁済の予約であり、被控訴人は控訴人清胤がその債務を履行しない場合にはじめて予約完結権を行使し、その換価処分の為に本件土地の所有権移転登記手続を求めうるものであることは前示のとおりであるから、同控訴人は予約完結権行使の前後に拘らず換価前においては、その被担保債権を完済することにより被控訴人の担保権の実行を免れることができるものと解すべきである。
控訴人清胤が弁済の為供託した金額が残存元利額に満たないものであることは前記のとおりであるが、その差額は僅かに金六万七〇〇〇円に過ぎないのに対し本件土地の時価は一坪当り金五〇万円を下らない(当審における控訴人清胤の第二回供述により認められる)こと、右弁済供託金の不足を生じた原因は控訴人清胤の計算の誤りに起因するものと認められ、前に認定した同控訴人の弁済のための提供、供託の経過に徴し、被控訴人の残存債権は本件土地の換価処分によることなく十分に満足される状況にあるものと認めるのを相当とするから、被控訴人が控訴人清胤に対しその換価のため本件土地の所有権移転登記手続を求めることは公序良俗違反ないしは権利の濫用として許されないものといわなければならない。したがって本抗弁はその理由がある。
(三)以上説示したように控訴人らに対し各物件につき所有権移転登記手続を求める被控訴人の本件各請求は、いずれも失当として棄却すべきものでありこれと結論を異にする原判決は失当であって本件各控訴はいずれも理由があるから民訴法三八六条にしたがいこれを取消し被控訴人の各請求を棄却することとし、同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 杉山孝 判事 加藤宏 園部逸夫)
<以下省略>